故ブラザー阿部のみことばのおすそわけ(50)

11月8日、み言葉のおすそわけ。ルカ福音書17章。
自分に自分に命じられた事を、みな果たしたら、
『私どもは、とるに足りない僕です。そしなければ
ならないことをしただけです』と言いなさい。 今日は、この言葉を考えてみました。 私たちは、自分に与えられた毎日の勤めの報酬だけを
考えて生きてはいないでしょうか。このことをすれば
これを頂けるなど。生活をする上においては当たり前
ですが、神さまの視点では少し違います。 私たちのこの世でのおこないは、すべて、天の国を
得るためです。天に宝を積むためです。 キリストみずからが、生き方を通して示されました。 聖金曜日の典礼で、このように歌われます。 『キリストは、人間の姿であらわれ、死に至るまで、
しかも、十字架の死に至るまで、自分を低くして従うものとなった。それゆえ神は。キリストを高くあげて、
すべてにまさる名を、お与えになった』 本当にそうですね。キリストは、自ら、御父のみむねを行うため。ご自分のすべてを捧げて、人類の救いのために
この世に来られ、十字架の死と復活を通して救いを実現されたのです。 私たちは、このイエスのようには、もちろん生きられません。 このためには、イエスの導き、大きな慈しみ、そして、私たちの心に、謙遜の心が必要です。私たちが、
あなたの前では、弱く、小さな者であることを認め、より頼むことが必要です。 そして、あと一つ、従順の恵みを祈られる事をおすすめいたします。従順は、誓願の一つでもありますが、
本当に、自分の小ささを感じるのには、本当に大切な恵みです。「私が」「自分が」と自分がすべてと考えて行動しているところに、神さまの入る余地はありません。主よ。この小さな私をあわれんでください」「すべてをあなたに委ねます」との心に、神さまのみ心を感じとることが出来るのです。 従順と謙遜。どちらも素晴らしい徳です。イエスに倣って、道を歩みたいですね